笹鳴
0 0■笹鳴
ひっそりと秘めやかな思い出を
葛籠(つづら)にしまう頃
私を訪ねて来たのは 見知らぬ
銀行マンのような男 眉も涼しげ
私は猫を抱いていて
猫がたわむれに 引っ掻いたような
あまい胸の傷の熱を持つ
あのひとをなんとなく思い出して
日溜りで揺れていたのは
私たちの笑い声でしたか
思いもせぬ時に 仕付け糸がまだ
ついているようななごみ時に出逢う
まっすぐに見つめられてほんのりと
ひろがる胸の音
あのひとが遺言状で何やら
遺産の話を男にことづけたという
私は自分の立場が
奥さんだったらさぞ心痛だと
なんとなく慮(おもんばか)っている
あのひとがわたしをふと呼んだような
峠に白く咲いた
アズマイチゲが名残惜しいころ
地鳴きまであと もうすぐでしょう
笹鳴の鶯(うぐいす)が枝に止まる