■すずり箱
硯(すずり)を刷(す)ります
何かしたためます
恋文でしょうか
日々の習いです
くずした文字は誰にも読めない
何を綴ろうと 誰を想おうと
わたしの勝手
墨を含む 一筆がまたかすれゆく
愛(かな)しきものよ
すずり箱の ふたをしてしまいこめば
にわかにさやめき立つ
座るひとのない
椅子をそこに置くのが
この家の決まり
わけはありません
贖(あがな)いに写経写すよに
一心不乱に また墨を吸って
筆はすすむよ
字がにじめば どんな花よりもきれいに
かなしみが咲く
すずり箱は わたしの罪名をまた
隠してささやき立つ
